大判例

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大阪地方裁判所 昭和41年(ワ)3516号・昭42年(ワ)6055号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕三、次に(三)の土地について、原告が時効によつてその所有権を取得したかどうかについて判断する。

そこで先ず、原告が右土地の売渡処分のなされた当時これを占有していたかどうかについて考えるに、証人佐々木幸三の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一二号証、同第二八、二九号証及び証人玉村房治郎、同日野ソノ、同佐々木幸三、同玉村晶の各証言並びに原告告本人尋問の結果によれば、(三)の土地は以前祐三郎の兄弟玉村仁衛門の所有であつて、その後玉村晶(原告の又いとこ)が、その父を経てこれを所有するにいたつたが、その間一度も自作したことはなく、祐三郎、房治郎、そしてまた昭和二一年に原告が復員して以後は同人に右土地を耕作させ、米の供出も同人らがなしており、右土地が買収売渡の各処分がなされた後も、右の状態は変らなかつたこと、一方喜一は三〇才頃森本タケの家に出入りし、タケの家で居住するようになつたもので、森本家と玉村家は隣同志なので、双方助け合つて耕作の手伝い等をしたことはあるけれども、喜一が独自で右土地の耕作をしたことはなかつたこと、房治郎は前記のとおり船頭をしており、また原告は湯浅電池株式会社に勤務はしていたけれども、いずれも耕作面積三反歩程度の零細農家なので、それのみでは生活が成りたたず、いきおい農業は副業として勤めの合間に農業をするのが、この地方においてはむしろ多かつたことが認められ、これに反する証拠はない。

そこで、さらに原告において右土地が自己の所有と信ずるについて無過失であつたかどうかについて考えて見るに、前掲各証拠によれば、右土地の売渡部分がなされるについて、その売渡の通知は、原告方に持参されて、原告は当然自己に売渡されたものと信じ、公租公課等も自己において納めていたもので、周囲の者は勿論、以前の所有者玉村晶においても、原告に対して売渡されたことを疑わず、喜一の妻ソノも、右土地が喜一に売渡されたことを知らなかつたのであるが、しかし右土地の売渡通知書の売渡の相手方が喜一名義になつていることは当事者間に争いのないところであるし、<証拠>によれば、本件土地に関する水利組合費の一部、淀川右岸水害予防組合費並びに固定資産税等の各領収書の名義が、喜一名義になつていること、並びに原告は本人尋問の際に、右土地については原告は買収売渡の申込をしたことがない旨の供述をしていること、以上の事実を総合して判断すると、本件の場合常識的に見て原告は右物件が自己の所有に属するか否かについては当然疑問を抱き、その点につき調査すべきであつて、しかもその調査も極めて容易であるのに、原告は何ら不審の念も抱かず、ただ漫然とこれを信じた点につき過失ありという外なく、同記認定事実の存在のみでは無過失を立証するに足りない。

従つて、一〇年の経過によつては時効は完成せず、また二〇年の時効についても、本件訴訟が昭和四一年六月三〇日に提起されたことは本件記録上明白で、時効の起算日たる昭和二三年七月二日より二〇年を経過していないから、これまた完成せず、原告の右の主張は採用しえない。(谷野英俊 安間喜夫 棚橋健二)

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